CONTENTS
第1部 折々の心象風景 |
|---|
初めての街角 |
| 序曲:フランスに入る… 「ヴァガボン」(放浪者)の誕生 |
| 人もまた文化なり 「ヴォロンティエ!」の声に勇気づけられる |
| 挨拶のある光景 援助を受けたらメルシーと言いましょう |
| 音 心地よい音の日常世界 |
| ル・ミュール(le mur:「壁」) パリの壁に歴史が刻まれている |
| アパルトマン界隈事情 移民排斥制作の矢面に立たされる界隈 |
| 包丁一本パリに住む パリ名物のマルシェ(一)で食材を買い求め… |
| 靴底は布製? 雨に濡れた石畳の美しさに魅入られるも足裏が濡れて… |
| ペール・ラッシェーズ墓地 パリ・コミューンの犠牲者を偲ぶ散策 |
| おじいちゃんの、おじいちゃんよ パリ・コミューン参加者の末裔と邂逅 |
| 地名・駅名そして人名 パリの街は歴史人名辞典そのもの |
| 石畳の路地裏 魅了する石畳、そして路地裏 |
| パリは放射線状の街 さあ、今来た道を帰ろう・・あれ?ここどこなの? |
| アミティエそしてエスペランス パリ・コミューンで結びあう友情 |
| ブザーが鳴る ネコが玄関ブザー音にパニック |
| 「手仕事の歴史」を求めて フランスの工芸美の秘密 |
| 手作り―機織りのマダム 南フランスの「職人の村の人」 |
| 既知と未知 パリ・コミューン、そして「女性と女性市民の諸権利宣言」 |
| 南仏アルルおよび近郊、色の旅 「石の町」への誘い |
| 旅は一期一会 フランス国鉄車内でハーモニカおじさん夫婦と出会う |
| 華やぎを避けてばかりのパリの春 旧作の改作版:若者に連れられた初春の旅日記 |
| カタコンブの光景 パリの地下斎場の敬虔さに打たれる |
| ジャマイカ中央山岳地帯の子ども・教育 ちらっと覗き見たジャマイカ・・・・ |
| 無茶を承知のごり押し 無理が通れば道理が引っ込む |
| 怒りと恥との協奏曲 ごもっともな怒りを我がことにできない小心者には、最後に・・・・ |
| ぼくには帰る故郷がない |
| 焼き肉を探し求め、聖籠流しの街を爺とねねが行く 姫さまと禿鶴のお話し |
| 湯島の梅は祇園精舎の響きあり 貴婦人海馬と禿鶴のお話し |
| ぼくには帰る故郷がない 故郷を出て半世紀 |
| 物語:イナゴは食べたがバッタは食べない 少年期体験(連作) |
| たびねこ恋慕 愛しきネコたちの話 |
| マシュマロ行状記 我が家に子猫がやってきた |
| 「お客さんはディープです」―甲浦のち熊本紀行 国内の馬鹿旅記録その2 |
| 腹は減る減る…ー高知県甲浦紀行 国内の馬鹿旅記録 |
| 国内的国際交流―忙中閑なし― 「はじめてのお使い」 |
| 私たちが進めた携帯電話基地局撤去運動 庭先に50メートルの鉄塔が突然… |
| アホと言うしか無し 大学における我が「学び」の記録(修学の跡)あっちふらふらこっちぶらぶら・・ |
| 「ぼくはそっちの発見で嬉しいです」 シリーズ:ある日の研究室 第1弾 貴重な史料との出会いの一瞬 |
| 彷 徨 シリーズ:ある日の研究室 第2弾 青年期を生きる若者と向かいあいて |
| くれぐれもご用心下さい とっくにフルムーン年齢が過ぎた夫婦の夏の金沢の旅日記 |
| 炎天下に天頂禿を思い知る 「由緒正しき」樫と銀杏の木との枝切り作業 |
第2部 我が研究の旅路 |
|---|
PART 1 オネジム=エドゥアール・セガン研究の足跡
「持てるもの」を高め続けつつ他者に関わる 研究における「オリジナル」性はどこにあるのか?と問われつつも |
幻のコレージュ 他 セガン初期学業の地オーセール初訪問記 他 |
雪の旅路も楽しからずや セガン生誕の地クラムシー独力初訪問記 |
セガンの関係する組織のポスター発見! 1848年2月革命の性格の探求 |
セガンが反対したコミュニズムとは? セガンはcommunistを口汚く罵っているが… |
報告・セガンについて分かりつつあること セガン研究の到達と課題(2005年7月2日) |
| 「ジャン ・ジャック・ルソー」になりたかったセガン 「イタールを超えた」セガンが目指す教育論の行方 |
消されていた通りと番地 セガンのパリ居住地探訪記 |
あるパリ日記 セガンの居住地探訪記2 |
| 「これからのセガン」―セガン研究考 病弱児施療院とセガンの白痴教育は接点があるか |
「イディオの教師」の誕生とその意義 セガンを「白痴教育」教師に位置づけた研究 |
セガンのイディオ教育論著作一覧&解題 セガン原典に依拠した著作解題 |
| サン=マルタン運河案内 パリの近代化を急速に促したサン=マルタン運河エッセイ |
| 奇跡の生命―その1物語のはじまり 「アヴェロンの野生児」外伝 |
チェンジな人生の人、オネジム=エドゥアール・セガン セガン初期白痴教育論解題と翻訳 |
E.セガン「筏師たち」(1841年) 翻訳:フランスの風俗詩:パリで消費する薪材を筏に仕立て |
| E.セガン「白痴たちの治療と訓練 の起源」 翻訳:19世紀前半を知的障害教育の画期とする好論文 |
PART 2 諸研究の出窓 |
| イタール伝〜子どもの精神療法の開拓者〜 ジャン=マルク=ガスパル・イタールの評伝 |
| 文明化と文化化〜映画「野性の少年」を観て〜 「野性」という言葉の意味するところは? |
| ビクトル・ユゴー「教育の自由」 1850年1月15日立法院議会における演説 |
| ジャン・ジャック・ルソー『エミール』を読む 『エミール』を時代的文化論の中で読む試み |
| パリ・コミューンと教育改革 初の義務・自由・平等三原則の普通教育実現の試み |
| <パリ・コミューン下の子どもたち 翻訳。パリ・コミューン下で子どもたちは命を奪われた。 |
| 植民地下朝鮮における生活綴方教育 朝鮮半島の日本同化教育の一側面 |
| フレネ教育学概論 フレネ教育の技術思想考 |
| フランス、フレネ教育、見て歩き フレネ教育の「学び」の実相を探る |
| 「現代学校」創造の教育実践に関する一考察 「現代学校」その具体と基本哲学 |




